数千枚の波の果て

Since 2026.7.14

そろそろ出かけよう

何も急かされないと何もしないのだと思い知っている。仕事がないから在宅、ということなので家にいるのが仕事になっている。こうなってくると他のことを、と思うものの身体がどうにも動かない。

というよりものすごい眠気が襲ってくるので何もできない、というのが正解だ。梅雨から夏にかけていろいろと忙しなく、心休まるときがなかったことが原因と考えられる。こうなるとひたすら寝る。

たくさん寝ているとどうなるかというと、やたら肌のハリがよくなり、髪の毛の伸びるスピードが上がる(マジで)。頭もスッキリするうえに疲れが驚くほどに取れる。次に何しようかなっていろいろと思いつく。スゴいぞ、睡眠。

といいながら動きはしない。ひたすら思いついては寝る。寝ている間の夢に思いついたことが出てきたりする。疲れている。

大体一日8時間くらい寝ないとダメで平日は家に帰ったらさっさと寝ることが多い。時間がもったいないけど、8時間を切ると頭の動きがちょっと怪しくなるから仕方がない。

昨日の銭湯のあとのビールは別会計として、アルコールをそこまで飲みたいと思わない。あの飲酒欲求はどこからやってきていたのだろうか。ストレスだったとすると、ストレスから逃れるために飲みたくなっていたということになる。逃避、解消、発散。でも実際はどの言葉も解決には至らない。気にならない状態になったことをストレス解消とか発散と人は呼ぶ。

基本的には仕事のストレスは、仕事で解決しなくてはいけないと思っている。仕事が片付かない、仕事上でのコミュニケーションが取れない、などはやはり根本的にその原因を潰す他ない。

「片付かない」は結構なんとかなる。やり方を工夫する、片付くの定義と認識を変えてみる、がむしゃらにこなす、などなど。ただ、「コミュニケーションが取れない」などになってくると明らかに他人が関わってくるので、自分だけではどうにもならないことが多い。自社内に不満がなくても取引先であったり、さまざま。

原因を潰して解決しなくては、そのストレスは無くならない。ストレスのない生活を目指すために、人は色々動いたりするのだと思う。それでいくらかストレスの種類と量は変わってくる。そのストレスを許容できるかどうか、という話。結局自分の生活の煩わしさが無くなることはない。

ストレスは「悩み」ともいう。悩みは大抵相対的に成り立っている。世の中には「ソファの色の趣味が主人と違う」ということで真剣に悩む主婦がいる(性別は問わず)。そんなことで、と思う人は多いのは、その人たちにはもっと大きな別の悩みがあるからだ。「そんなことで悩まなくても」というけれども、当人からしたらその悩みが一番大きかったりする。

今の時代、夏休み明け前後に学生の保護者向けに自殺防止に関する案内がやってくる。

普段以上によく観察をすること。おかしな点(具体例がいくつか挙げてある)があるかチェックすること。チェックに引っかかったら声をかけること。いつも以上に寄り添ってあげること。

などなど内容はそのくらいのもので、普段からやるべきことといえる。むしろ普段怠っている状態だとこういわれても対応できないだろう。

悩みは内容も、表出の仕方も人によって全く異なる。今の自分は悩みは一旦解消されたものの、明らかな疲れが出ている。だからものすごく寝てしまう。この疲れこそが悩み、といってもいいだろう。眠気、睡眠という形で表出している。でもそろそろこんなに寝なくてもよくなりそうな予感もある。

明日から頑張る。本読んだり、勉強したりする。

そろそろ出かけよう。