数千枚の波の果て

Since 2026.7.14

  • 振りまくもの

    先日読んだ山崎豊子の『不毛地帯』の終盤、大門社長が綿花相場で巨額損失をしているにも関わらず一向に手を引かないシーンで「老害を振りまいていた」という一文があった。昨今の「老害」の使われ方として、年配者を揶揄するように指していることが多い。自分としては「振りまく」の方が表現として正確なように思えた。謙虚でしっかりしている人もいる。

    「子供叱るな来た道だもの 年寄り笑うな行く道だもの」である。金八先生また観たくなってきた。

    年を取ることは何も罪じゃない。誰でも年を取る。「エイジハラスメント」という言葉もあるようだし、揶揄するのはやめておきたい。あまり年齢について意識しないで生活を送りたい。なるべく健康的に。といいつつ仕事が終わったらまた酒を飲んでしまった。ちょっと飲みすぎているかも。今週は今日を最後にして、1週間くらい休肝させます。働かせすぎている。

    土日に寝すぎたからか、ギックリ腰で痛めた箇所が整体で良くなったのにまた痛くなってきた。こういう話はあまり人にはしない。年齢を感じさせる情報を振りまきたくない。何を振りまいて生きるのかが結局のところ肝心だと思う。

  • 明日は飲まないぞ

    酒のこととなると筆が進む。「今日は何飲むか」あるいは「今日は飲むか飲まないか」、1日の中で何度も何度も考えている。確実に依存症だと思うが、医者に行くほどなのかどうか判断がつかない。行った方がよいのだろうか。

    人は大抵悩みを抱えているし、病的な部分を有している。自分の場合、病的に集中力に欠けていて、やらなきゃいけないこと、やりたいと思っていることに着手できずにいたりする。このブログも最初に開設を考えたのは5年前で、今の仕事に就いた頃だった。その頃から書いていればこの5年間の記録がキチッと残っただろうけれども、今更言っても仕方がない。せいぜい堂々とやろう。

    今日はものの見事に1日寝込んでしまった。強烈な胃もたれと自己嫌悪。

    体調が落ち着いた夕方から、近所の小学校で開かれている夏祭りに行ってみようかと思ったが、気が向かなくてやめた。いろいろと面倒が多い。

    それでしばらく外を歩いてから、家で残っていた焼酎の水割りをいただきつつ、白米からコトコト煮込んでお粥を作った。

    とても美味しくできたのだけれども、1合分作ってしまって流石に多くて、取っておくのもなんだから食べきった。

    そうしたらまたも胃もたれが始まったので太田胃散を飲んでごまかす。こんな感じではいかん。明日は飲まないぞ。

  • メリット同士を比べれば

    山崎豊子と山本文緒の小説やらなんやら、何冊か購入。またも増えていく積ん読たち。今年の目標を今更立てるとしたら、まずは転職。そして読んだ本を積み上げたときの高さが自分の身長を超えること。後者は難しそうだけどできるだけ近づけたい。意地になっても読むようにしよう。

    夜にれんげ食堂Toshu(初めて行った。そこそこ安くてそこそこ美味しい、餃子の満州を日高屋で割ったような店)で餃子、かた焼きそば、春巻きをツマミに生ビールを2杯いただき、家に帰ってから海外製のポテトチップスコンソメ味を食べつつ、いいちこの水割りを飲んでたら一気に具合が悪くなってしまった。

    若くない、若くないのだよ。先日会った元同僚ともその話をしていた。次の日に酒が残るやら、胃もたれという現象、記憶を飛ばす頻度が増える、などなど。

    酒を減らしたいと思い、何かいい方法はと考えていた。

    そうしたところ「メリット同士を比べる」という方法に思い当たる。デメリットを考えると、言い訳を用意してしまうのが人間というもので、メリット同士であれば、どちらを選択したらいいか、というだけのことになる。

    今回の場合は飲酒と断酒のメリット。ちょっと考えてみる。

    飲酒のメリット

    • 酒が美味しい
    • 食事も美味しい
    • 1人飲みの場合、外で知らない人と話すの楽しい
    • 知人と飲みに行ったときにはやたら楽しい
    • 心根を聞いたり話したりしやすくなる

    断酒のメリット

    • 寝起きがスカッとしている
    • 夜にやれることが増える
    • お金が減らない
    • 頭がよく回る
    • 本をたくさん読める
    • 記憶がしっかりしている
    • 酒にまつわるトラブルを回避できる

    整理してみてわかったけど、断酒のメリットの方が数としては多い。ただ、飲酒のメリットの「コミュニケーションとしての飲酒」というのは大きい気がする。考えるべきはそれぞれのいいとこ。

    だとすると家で焼酎飲むのはムダっていうか、メリットを最大限に享受していないというか。

    でもでも。

    仕事帰りに冷蔵庫から取り出す、冷えたビールをがぶりと一口に飲み下す心地よさ。フライパンで肉を焼いて、すぐにまな板で切って、ワインをいただく至福のとき。

    断酒をするとこういうものはなくなってしまう。

    などと考えるのが、「デメリットを考えると、何かしらの言い訳を用意する」ということ。

    メリット同士で考えると、答えは単純明快。断酒一択となる。

    でもなあと思いながら、激しい胃もたれと戦うのでした。少なくとも明日は断酒しよう。

  • ビールケース以外の箱

    こういう場所を作ると「今日は何を書こうか」と意識する。すると物事を考える際に「これを書こうか、どう書こうか」などとフィルターがかかる。そのかかったフィルターに引っかかったものだけが書かれる。生活のほんの一部。

    意識というのは箱や枠のようなもので、不思議とそこに置かれていれば何か納めたくなる。今回の場合はHPがそういう役割を果たす。HPという箱があれば、その箱を何かで埋めていけないか自然と考えてしまう。自然と行ってしまう行動は、外的環境が大きく影響するということ。

    自分が普段何をやっているか、まずは習慣から考えてみたい。例えば、ある1日の中だとわかりやすいだろう。

    出社する際に最寄り駅ではなく、一駅手前の各駅で降りて歩いて出社すること。

    ランチ後に会社に戻らず10分くらい歩くこと。

    午後の始業時間前に身体を伸ばしに外階段へ出ること。

    ついつい仕事帰りに寄ったスーパーマーケットで、缶ビールに手を伸ばしてしまうこと。ビールの誘惑をかわしたところで気付けばカゴに入れていた焼酎、そしてそれにピッタリなおつまみとして鮮魚コーナーで割引になっている”さく”が売っていないか、丹念にチェックすること。なかったら肩を落として、カゴの中の焼酎をワインに入れ替えたのち、すかさず精肉コーナーへ割引品を漁りに向かうこと。

    仕事帰りの話だけやたら解像度高いが、最初の日記にも出てきたようにしょっちゅうアルコールのことを考えている。今も「しょっちゅう」と打ちながら、昨晩飲み下した紙パックの赤霧島を眼の前にあるかのように想った。昨日の日記もワイン飲むとか書いてる。自然とアルコールを想う。

    いつからこうなったのかというと、この5年くらいのお話。仕事帰りに外で飲むようになり、それから家でもついつい。やがておつまみを自分で作る面白さにハマり、といった具合。そうした行動の背景には、台所が広くなってパーソナルスペースとして快適な空間になったことが影響しているかもしれない。

    外的環境は個人の行動に大きく影響する。

    今転職活動をしている真っ最中で、夏の間になんとか内定をもらいたいのだけれども二次面接にまで進めていない現状、どうなるかは全く見通しがない。

    生活の根幹となる仕事を変えたら、違う箱に変えたら。
    今とは違う自分になれるだろうか。

    ビールケース以外の箱のほか、自分はどんな箱を持っているか考えていきたい。