向田邦子の本を読み終えてすぐにまた読み始めてあっという間に読み終えてしまった。
小学校中学年から中学校にかけて平日の夜10時からニュースステーション、その後でニュース23を観てから寝ていた。ニュースステーションの最終回は居間で観ていたのをよく覚えている。
久米宏以上に、テレビの前の視聴者に対してアピールすることを意識しているアナウンサーはいない。ニュース23の筑紫哲也を観ていると(アナウンサーではないけど)、言葉で伝える意識が強い人だったと思う。それに対して久米宏の場合には言葉で伝えることの他に余計なことをしている。そのことが子どもながらに気になったりする。ペンをクルクル回す、大げさに笑う、「さて今の話って結局何なんでしょう?」と茶化すようにカメラ目線を送ってくる。子どもにも通じる(当時は上手く言語化できなかったけど何か感じていた)立ち振舞のアナウンサーとして、ニュースキャスターとして活躍していた人だった。この本を読んでいるとそのことがよくわかる。彼はニュース番組をニュースショーにしていた。ワイドショーとは違う、ニュースショー。
「風俗を語るときは政治的に語れ。政治を語るときは風俗を語るように語れ」
本書にも出てくる大宅壮一のこの言葉を根本にして、ニュースキャスターとしての久米宏が出来上がっていったのだと思う。
彼がTBSに入社できた理由について、彼自身は「よくわからない」と一貫している。ただこの本を読んでいると理由がわかる気がする。
当時の民間放送におけるアナウンサーはNHKのアナウンサーが一種の基準となっていた。1960年代後半になると、その基準を民間放送側で自分たちで確立して、独自性を出さなくてはいけなくなった。新しい風を欲していた。要するに、スラっと高身長で、軽快に、面接官にも少し突っかかったことの言う生意気な早稲田の学生が、次の世代の新しい風を感じさせてくれる存在だったんじゃないか。
僕よりもう少し上の世代になると、恐らくもっと久米宏を楽しんでいたのだろう。ザ・ベストテンなどは生まれる前に降板していたから、僕はニュースキャスターとしての久米宏から入った。
元々の彼のスタイルはラジオ番組で軽快に話すところだと後年の「久米宏 ラジオなんですけど」を聞いて始めてわかった。大瀧詠一が出てきた回などは聞き応えあって非常に面白かった。今や2人ともこの世にいない。もう一度2人が話しているのを聞いてみたかった。
生きていることは可能性そのものだと改めて思う。
