数千枚の波の果て

Since 2026.7.14

退職とコスト

転職活動の区切りがついてホッとしたからか、とにかく眠たくて仕方がない。疲れがどっと押し寄せて来て何もする気にならず。

会社のマネージャと代表に退職の意向を伝える。マネージャは日頃から「別に誰がいついなくなってもいいし、転職するならするで引き留めないから自由にしていいよ」みたいなことを言っていた。

ということで早速伝えたところ「右腕を失うのか」とやや意気消沈していた。右腕だと思われていたとは今日この日まで知らなんだ。マネージャは代表の右腕である。つまり代表から見た場合、右腕の右腕となる。そうなってくると、肘のあたりからもう一本余計にぶら下がっている、たくあんみたいにブニブニした右腕になるんじゃなかろうか。気色悪いからやはり退職を決めてよかった。

代表からは「今回の転職はステップアップになるだろうから、さみしくなるけど私は大歓迎です」と言ってもらえた。立派な人だ。たとえ思っていなくてもそう言うべきだから、振る舞いとして立派である。「この会社の改善した方がいいことは?」と聞かれた。こういうことを転職するまで聞かないあたりを一番改善した方がいいと思ったが、何か言って角が立つのはよろしくないのであまり言わずにおいた。

前職含め人間関係で退職するわけではないので、その辺りは自分としては上手くやっていると思う。中にはケンカする人もいる。やめさせてくれなくて労働基準監督署に相談する人もいる。そうした煩わしさをアウトソーシングするために退職代行業者へ依頼する人もいる。

さまざまな事情がある中で、人の代わりに何かを行うのが仕事というものだから、退職代行業者もそういう意味では仕事としては真っ当だと思う。まあ代行サービスなので。

何を代行するかという話で、例えばそれが犯罪になるとまずい(殺し屋とか)けれどもそういう意味でなければ、一応仕事として問題はない。ビジネスとして成り立つかどうか、ということが職業上の問題となる。

社会的な問題という意味でいえば、大人の生活上の問題が起きる一端に「コミュニケーションコストを買う」ことがある。簡単なところでいうとキャバクラ、ホスト、ガールズバー。この2つはコミュニケーションコストを省いて、自分の安心できる心地よい空間と交流を手に入れられる。

彼ら・彼女らは自分の不快なことをしないように努めてくれる(仕事だから)、とにかく無条件に自分を褒めて肯定してくれる(仕事だから)、なんならそうした自分に好意を持っているかのように振る舞ってくれる(仕事だから!)のである。

もちろんそれはあくまでその場での空間・空気をお金で買っているのであって、その人たちが本当に自分のことを思ってくれるなんてことはない。断言するけど本当にない。

でもあの子だけは、彼だけはと思い込んでしまったりすると問題になったりする。コミュニケーションコストを省く弊害は、この「思い込む未熟さ」を生むことでもある。人に生身で触れて会って話して、色々考えながら感じながら反省しながら経験を積んでいって少しずつ大人としての振る舞いを身につけることが肝になる。そこを省くと未熟なままである。性風俗もコミュニケーションコストを買っているので同じようなことがいえる気もする。

退職代行業者に頼みたい気持ちは少しわかる。だって煩わしいもの。退職したい意向を責任者に伝えて、カドの立たないように振る舞う。辞めたあとどこかで会ったときにも当たり障りなく、接することのできるように。そうではないと負い目のようになる。コミュニケーションコストをお金で解消すると、この部分は負い目になる。ついでに経験にならない。退職におけるイヤな経験は割と短期的に決着するのだから、経験しておくと持ちネタになる。そうそう、この「持ちネタになる」という感覚はとても大切だ。

どんな仕事をしていてもコミュニケーションは避けられない。ただどういう人と、どんな場所でコミュニケーションを取るかはある程度選べる。自分は何をしたいか、何をするかということも大事だけれども、したくないことや何と関わりたくないか、ということから自分の人生の選択について考えてみてもいいかもしれない。