数千枚の波の果て

Since 2026.7.14

2026年7月

  • 背景と文脈

    ある対象を描いた作品があったとして、その物語世界の中でネガティブなニュアンスで描かれていたとしても、作者・作品の意図あるいはその作品で表現される核となる本質は、対象そのものを否定・非難することとイコールになるとはいえないのよね。

    国語の教育では作者の意見や作品の感想を書くけれど、国語の試験となると文章を読んで問に答えることになる。似て非なることのはずなのだけれどもどうも混同されがちに思う。

    そもそも自分がなぜそう思い至ったか、考え至ったか、理由以上の自分自身の持つ背景や文脈についてあまりに無自覚なんじゃないか、とかそんなことを思ったのでした。

  • 自分で解消できるか

    「暑さ寒さも彼岸まで」というものだから、結局いつまで夏なのか、彼岸の時期を調べたら9月20日~26日らしい。まだ2ヶ月近くある。日本の夏は長い。

    西日の射す部屋で暮らしているので、午後になると気温が跳ね上がる。本日は在宅勤務だったので、それまでになんとか仕事を終えようと躍起になる。でも最近は転職活動でモチベーションがガタ落ちだからそうでもない。

    昼休みになって、先日時計屋に預けた掛け時計を取りに行く。動かなくなった原因は電池の液漏れで、回路に何かしらの影響を及ぼして電気が流れなくなっているとのことだった。修理に出すには往復送料だけで2000円、修理費5000円~だから新品くらいの料金になるらしい。時計屋は時計を開いて、時計としての機能の部分をメンテナンスするような役割なのか。その場で処分するかどうか聞かれたが、ひとまず家に持ち帰った。

    持ち帰って仕事に飽きたところで、問題の箇所を確認しようと自分で時計を分解してみた。そうすると確かに電池をはめる場所に液漏れをしたような形跡があり、緑青がついている。よくよく見ると導線がはんだ付けしてあるところと繋がっていない、切れた状態だった。

    これだけが原因であればはんだ付けすればすぐに直るのではないか、と思い、その場でAmazonで1600円くらいのはんだ付け初心者キットを購入。明日届くので土日に試しにやってみることにした。壊れたと言われてすぐに捨てるのは勿体ない。自分で部品交換ができる部分はなんとかなることが多い。

    初心者キットを買うくらいだから、電子工作の経験は高校時代の技術の授業でやったくらいでほぼ未経験である。とはいえ導線を繋ぐくらいはできるだろう。その部分だけが原因であれば、自分の労力と時間と初心者キット代だけで他の費用はかからない。手先を使う作業は必要がなければ、自分の生活においては普段体験しない。実利と結びついた体験型学習だと考えると、労力と時間はどうということもない。

    何か問題にぶち当たったときには「自分自身で解消できる問題か」をまず考える。解消できれば御の字で、解消できなかった場合、解消する必要があるならば友人など周りの人の知恵を借りるべく色々と聞いてみる。それでもダメなら仕事として依頼できる先を探す。仕事というのは本来的にはそういう順番で回ってくるものだと思っている。

    在宅の仕事を終えてから40分くらいジョギング。日中の熱気はだいぶ飛んでいったようでとても足が軽かった。1年半ぶりくらいにジョギングしたけど、1日家にいて臥せっていた気持ちが心なしか、スッキリした。また血の巡りがよくなったからか、昨今のいろいろな事情や問題について走りながら考えたり、解消できたりできた。

    ジョギングが終わった直後から太ももが痛くなったので、筋肉痛を防ぐためにアミノバイタルを飲んでおいた。明日に身体の疲れが残らないといいけれども。自分の身体の問題についてはことさら「自分で解消できないか」を考えて生きている。

  • 正しい夏の朝

    友人が今朝を指して「正しい夏の朝」と言っていた。その正しさが、朝起きて表に出たときに暑さよりも涼しさを感じることだとしたら、きっと同じことを感じた。玄関口が西側にあり日影になっているからより一層、かくあるべき夏の朝を描いていた。

    この正しさは終日続いていたと個人的に思ったが、会社の同僚は「日影でも暑い」と嘆いていた。人によって感覚は大きく異なる。朝はその涼しさに任せてレンタサイクルで出社した。大体45分程度かかるから、ゆるっと走っていたもののだいぶ汗をかいてしまった。短くなった髪にはそんなに影響が出なくて、そのことも1日の気分を持ち上げてくれた。不快さが続かなければ暑さも寒さも季節を感じる材料として楽しめる。楽しむことは楽じゃない。楽しむ力を持てるように。正しさがわかるように。

  • Sランク床屋と薄暗いサウナ

    仕事終わりに髪を切って、スッキリした。もともとおでこ広めで、くせ毛なので夏場に前髪が伸びてくるとクシャクシャで収集がつかなくなってしまう。

    今日は個人経営の1000円カットというか安い床屋に行ってみた。2度目の来店。理容師、美容師の腕について段階的に分けられる気がするので適当にまとめてみる。

    S:お客様の要望を引き出して、なおかつ満足させる髪型を提案できる

    A:要望に対してお客様を満足させる髪型を提案できる

    B:要望に対して髪型を提案することができる

    C:要望通りに切ることができる

    めちゃ適当だけど、ここのおじさんは上記の観点でいうとSに達していた。こちらの抽象的な気持ちというか、困ってることというか「横がもさっとなるのでおさまるようにしてほしいです、前髪はそれに合わせて切ってください」などとお伝えしたら「じゃあこういう感じでどう?」と提案してくれた。そしてその上で私は満足できた。ありがとう、おじさん。勝手にランク付けしたけどあなたはSランクだっ……!

    いつも髪切りに行くと思うのだが、髪型の注文方法がわからない。どう伝えたら自分が満足する髪型になるか、そもそもどの髪型にしたいかがわからない。よく考えたら「したい髪型」なんてない。おでこ広めで、くせ毛で毛量普通くらいだと、前髪作るのが厳しい。かといって短くして前髪あげることも難しい。ここまではこの20年くらいで床屋と美容室で相談してみてわかっている。こうなってくると、結局どういう風にしたらいい感じになるかがわからない。

    自分の前にいたおじさんと大学生の2人はスマホを見せつつ「こういう髪にしてください」と注文していた。なるほど。でも自分に合うかどうかわからなくないか。前に90年代に美容師やってた方と話してたら、当時は「キムタクみたいにしてください!」という注文が非常に多かったらしい。「髪型だけではキムタクみたいになれないぞ~」と思いつつ「かしこまりましたぁ~」とリズムよく返事していたとか。良い気遣い。立派だと思う。

    今回の髪型はモンチッチとFUJIWARAの原西の間のような感じで、広くてたまごのようなおでこがつるっと丸見えになっている。これと同じような髪型になったのは2回目で、前回はたまに行く居酒屋の70代のママさんから「前髪短いのかわいいねえ、かわいいねえ」と言われたし、今回も家族に「清潔感出たね、かわいい」と言われたのでまあ満足できた。よかった。

    最近の体調不良は自律神経から来ていそうなので、帰りに床屋近くのサウナへ赴く。サウナはこういう使い方に限る。ここのサウナというか浴場全体が照明を少し落としている。旅館の風呂のように薄暗くなっていて、目に優しくて落ち着くのだ。サウナ後に休む場所は屋外で、この時期だとやや暑いが今日の夜は涼しかったのでちょうどよい。ただ、顔にタオル掛けて寝ている人も多くてそれだけは勘弁してほしかった。帰ってほしい。帰れ。

    久々に身体がシャキッとできていい夜だった。体調不良は改善傾向にあると思う。

    帰宅後にニュースで熊本地震に関する報道をいくつか見る。
    今の時期のこの暑さ、早く電気が復旧されることを祈る。

  • 振りまくもの

    先日読んだ山崎豊子の『不毛地帯』の終盤、大門社長が綿花相場で巨額損失をしているにも関わらず一向に手を引かないシーンで「老害を振りまいていた」という一文があった。昨今の「老害」の使われ方として、年配者を揶揄するように指していることが多い。自分としては「振りまく」の方が表現として正確なように思えた。謙虚でしっかりしている人もいる。

    「子供叱るな来た道だもの 年寄り笑うな行く道だもの」である。金八先生また観たくなってきた。

    年を取ることは何も罪じゃない。誰でも年を取る。「エイジハラスメント」という言葉もあるようだし、揶揄するのはやめておきたい。あまり年齢について意識しないで生活を送りたい。なるべく健康的に。といいつつ仕事が終わったらまた酒を飲んでしまった。ちょっと飲みすぎているかも。今週は今日を最後にして、1週間くらい休肝させます。働かせすぎている。

    土日に寝すぎたからか、ギックリ腰で痛めた箇所が整体で良くなったのにまた痛くなってきた。こういう話はあまり人にはしない。年齢を感じさせる情報を振りまきたくない。何を振りまいて生きるのかが結局のところ肝心だと思う。

    自室の掛け時計が止まっていたので電池を交換したが、動かず。昼に時計屋に預けて調べてもらうことになった。

  • つらいときには横たわる

    身体がしんどいというより、精神的なしんどさがあり、どうも肢体が重く緩慢になる。身体と精神は強い結びつきがあるようで、この数日頭もぼんやりしている。感情の起伏が少ない。凪というか、むしろ活力がないような感覚。気分が良くないのではなく、気分がない状態。

    こういう状態のときには外に出て運動とかした方がよいのだけれども、この暑さだと外にも出られない。

    というわけで1日横たわっていた。つらいときには横たわるに限る。

  • 時計屋へ

    休みの日でもあまり遅くまで寝ないようにしているし、勝手に目が覚めて困ることが多いのだけれども、今日は起きたら11時回っていて驚く。よほど疲れが溜まっているのか。

    いつまでも片付かない部屋の掃除をしつつ、でも何の気力もわかないから2時間くらい長風呂しておいた。風呂に入っている間に昔プレイした「テイルズオブファンタジア」というゲームを手慰みにプレイする。10年ぶりくらいにプレイしたけど、なんとなく覚えているから懐かしい気持ちになる。最初にやったのは小学生の頃か。1998年。約30年前。一昔どころか大昔。

    頭の片隅に転職活動がチラついてどうにもこうにもリラックスできない。最終面接の日程が来週なのでそれまで落ち着かない日々が続きそう。

    暑い一日。時計屋へ行って、腕時計の千切れそうなベルトを交換した。

    あとAWSの資格試験の申込みだけやってから寝ることにする。

  • 金曜の夜でも大人しく

    1人カラオケに行って、軽く食べてから歌ってみたのだけれども、上手く声が出ない上に眠気がひどかった。頭がくらくらしていたので、椅子に座って寝てしまった。ふと起きてから今週の疲れを感じていた。フリータイムで部屋取ったから時間は気にしなくてもよかった。

    それでしばらくぼんやりしつつ、『Tシャツが乾くまで』のアーカイブ配信を観た。

    近所同士の夫婦二組がいて、その片方の夫婦の旦那と、もう片方の夫婦の奥さんがある日同じ高速バスで事故にあう。片方は亡くなり、もう片方は行方不明。偶然乗り合わせたかと思えば一緒にバスに乗ったらしく、どうやら状況的に不倫ではないか。さて真実は何なのか、残された側たちはそれぞれどうやって生きていくか、というような話。謎が謎を呼びつつ進む展開が面白いのかな。着地点とそれぞれの登場人物がどんな生き様を見せてくれるか。

    それぞれのカットに意味を持たせていて演出の上手いドラマだなと思いつつ、帰路に着いた。

    うちの近所のカウンターだけの居酒屋の前を通って、一瞬入ろうかと迷ったけど、疲れているしあまり人と話す気になれないからそのまま家に帰った。そういうときもある。習慣に任せるよりも自分のコンディションを大事にしたい。金曜の夜でも大人しく。最近ほんとに色々しんどい。

  • 転職とか未経験とか

    昨晩は上司に居酒屋に連れられ、いろいろ普段のことなどを話した。本当に話したいトピックは目下、最大の懸案事項である転職活動なのだけれどもそんなことは話せるわけがない。最終面接2社決まった。そのうち1社が第一志望なので、内定貰ったらそこに行きたい。

    毎日接する人たちに悩みなどを話せないのは中々キツいものがあり、自分でもストレスを抱えている感覚がある。スカッとしない感覚。昨晩も寝る前に目をつぶっていたのだけれども、どうも寝付けなくて、気付けば思い切りしかめっ面で眉間にシワが寄っていた。寝てないくせに悪夢を見ているような表情してどうするのだ。

    こうなってくると頭も重く、肩も重く、首も痛く、腰はうっかりするとグキッとやりそうな予感。というわけで整体に行ってきた。施術を受けていると疲れが溜まってること、また何かに悩んでそうだね~などと言い当てられる。多分色々身体に出ているので、ふれればわかるのだろう。

    「あんまり疲れたら酒飲んでリラックスしたら?」という悪魔の囁きともいえる杯もいただいた。ありがたく頂戴して、金曜はどこかに行こう。

    仕事において「ふれればわかる」みたいな状態になるようにまず目指した方がよいと考えている。Web系のSEであれば、ログを見てどういう種類の処理だったかわかる、エラー見ていくつかの原因の見当+対処が思いつく、など。

    この春からはまた新たにIT業界未経験の新人を研修教育しているのだけれども、未経験者だと最初のうちはサーバがミドルウェアであることも知らない。「何かデカい黒いやつ」みたいなイメージでいる。まず自然現象じゃなくて、裏側で処理が走っていることから教える必要がある。未経験の方にとっては、サーバやミドルウェアという言葉以前に「裏側で何かが動いている」というイメージ自体がまだない。

    そして3ヶ月くらい経ってから、最初の2週間くらいの日報を一緒に振り返ったところ、本人は自分で成長を実感できる。概念として理解できたら、あとは具体的にOJTとして触れながら知識と経験が結びついていく。

    今月から更に追加で新人が入り、その方などは何年か経験があるものの、SaaS を使った業務だったことからやはり同じようにサーバとネットワーク、アプリケーションほか、サーバ内の構成など基本の部分を今学んでいるところ。経験年数よりもどのレイヤーを担当していたかによって、知っていることがだいぶ異なる。いずれの2人も成長速度が速く、自分の代わりになるのもそう遠くはない。そう思わせてくれるからこそ、転職活動に身が入るというものだ!()

    採用面接では自分の仕事内容について、どのくらいの粒度で話せるかが肝になってくる。段取りをつけること、業務のゴールへ運んでいくことができるかどうかを見ている。あとは一緒に働く人になることを想定して、同じ社内に居ても平気な人か。

    知識・技術的な部分だと、言葉と概念が通じるか、ある課題に対して話し合いができるレベル感であるか、とかになる。プログラマだと、どんなライブラリ使っているか、ある特定のライブラリについてどんなものかわかるか。ある処理を行った際にメモリを最小にするための工夫として考えられる対策は何か、など。言語によって聞かれることはマチマチだけど「自分の同僚だったらどういう風な話が通じてほしいか」を考えてみるとわかる気がする。

    自分が未経験者としてIT業界に入ったのは5年前。当時とは色々様変わりしているけれども。

    あー、こういうことを考えていると全くリラックスできない。おつかれさまのビールをいただくことにする。今日もありがとう。

  • 生活雑貨は楽しい

    財政難であれど、本と漫画、レコードがあれば暮らし向きはよいと考えている。そのほかで今のところ嗜好品として欲しいのはNintendo Switch2くらい。実は台所の棚の中の包丁収納も新調したいけど、こういうのは生活雑貨や必需品と呼ぶ。

    嗜好品と生活雑貨の違いといえば、使っている(使った後の)場面が思い浮かぶかどうかだと思う。嗜好品である本の内容についてワクワクしても、本を読んでいる自分を想像してワクワクしないだろう。場面にワクワクするのが生活雑貨。

    生活雑貨を眺めて想像するのはとにかく楽しい。「こんな道具があるのか!」と新しい道具を見つけて、自身の生活における活用方法を見出す。「どんなときに使うんだ?」と疑問に思い、想像してみる。それだけで楽しい。「こっちの方が今持っているものより使いやすいかも」と、よりよい方向へ生活を導いてくれる。

    とにかく種類は問わず、「何かと楽しい生活への導き」。
    生活雑貨はかくあるべし。

    自分が今いる生活をよくよく想像してみることにも繋がる。「自分の周りの環境含めて自分だ」、とかそんな青臭いことにも気付く。

    万が一気付かないままに生活雑貨を買うものならば。

    思い出すのは13年前の真冬。大雪が降って特に寒い冬だった。その日は夕飯の支度をしていて、ご飯を炊く必要があった。ただ当時住んでた家の水道が外気の影響を強く受けるようで、あまりに寒いと蛇口から出る水も猛烈に冷たくなる。米を研ごうならば指が千切れんばかりの痛みが走り、しばらく温めないと痺れて包丁が握れないくらいだった。

    「やだなあ、お米研ぎたくないなあ」と野菜を切って、嫌なことを先延ばしにしていたところ、材料が足りないことに気付いた。当時住んでいた家の裏手にローソンストア100があったので、向かって野菜を手に取り、ついでにグルっと店を一回りしていたら見つけてしまったのだ。米研ぎ器を。

    米研ぎ器といっても、先っぽが十字になったプラスチックの棒で、持ち手のところが研いだ後の水を流せるように網状になっていた。「これさえあれば冷たい水に1ミリも触れずに米が研げる!」

    思わずカゴに勢いよく放り入れ、意気揚々と帰って米研ぎ器でシャカシャカ研いで、フンフンと機嫌よく夕食を作れた。

    この米研ぎ器を買ったのはもう13年前のことだが、今だに家族に

    「ふざけるな、手で研げ!手で!」「日和ってんのか!」

    「真面目にやれ!」「無駄遣いだ!」

    など、存在が取り沙汰されるたびに面罵される。無駄遣いっていっても、108円だぞ?(当時は雑貨の消費税も8%でした)

    ちなみにこの間も「納豆鉢」をつい手に取ってしまった。納豆をかき混ぜる用の器らしいのだけど、ここまで用途が限定されているものが家にあったら面白いなあと思ったんだけど、絶対に怒られるから、そういう場面が想像できたから買わずじまい。

    ついつい欲しがっちゃう。生活雑貨なんだけど、嗜好品みたいなもの。