帰りに図書館に寄ろうと思ったが、歩いているうちに身体全体にまとわりついてくる湿気に負けて図書館へ行くのは断念した。図書館へ行くも帰るも汗だくになってしまい、不快指数はますます高まっていくことが想定されるから仕方あるまい。
こういう日に限って「運動不足だから」となまじ変な了見を起こして自転車通勤にしたのも失敗だった。家に帰ってから勉強しようと思ったものの、家に帰ってシャワー浴びたら眠くて仕方がない。眠いけど上手く寝付けず、こういう文章を書いている。さっさと布団に入ればよいものを。
残り少ない有給を来月末で使い切る。予定ではちょうど一ヶ月後が最終出社日。あっという間に最後の日を迎えることになるだろう。ここ数年、会社近辺のランチを色々と巡ってきた。転職後はこの街で平日ランチを食べることはなくなるだろうから、気になる店、好きだった店を巡るようにしている。何年も同じ街にいると大体めぼしいところは一度は行ったことがある。何度も行くような好きな店が割とあるからとても悩ましい。あそこも、あっちも、そこんとこも行かなくっちゃあいけない。
そして今はなくなった店のことも思い出している。その店のお姉さん店員は愛嬌たっぷり元気いっぱいで、おつかれモードな昼休みに行くと午後の仕事を少し頑張れた。特に僕の後輩がその店のお姉さんのことを気に入っていた。あのお姉さんが今どこで働いているかはわからない。後輩も一年前に転職していった。後輩とは連絡がつくけれども、店員さんの連絡先なぞわかるはずもなく。
そう考えると人生は想像以上に一期一会で、人との関係は努力や気持ちなしに続かないのだよね。こういうことも歳を重ねてからわかってきて、だからこそ心くばりをすることが年々増えてきている。
自分の送別会は行われないことが確定した。今度はマネージャから伝えられた。「また戻ってくる可能性が1%はあるだろうからやらないからね」とのことだったがよくわからない。送別会すると戻ってきづらくなるということか。本当に戻ってきたかったら、戻る必要があれば送別会しようがしまいが関係なく戻るだろう。少し間を空けてから、飲み会やろうと言われたけれども。
そもそも失敗すると思って挑戦する人間はいない。それに一期一会なのだよ。今この瞬間も過ぎ去っていく日々に僕らはいる。また会えるなんて保証はどこにあるんだろうか。
ついでに送別会が行われないことが確定した旨を総務に伝えると「じゃあ、今まで退職した人たちが誰もやってこなかった”退職の挨拶”をやってもらっていいですか」などと言ってきた。一体何の「じゃあ」なんだよ。流石に笑ってしまった。
総務は以前「退職する人を気持ちよく送り出してあげたい~」などと言っていた。送別会やってくれた方が僕は嬉しいし、気分もよい。送別会やってくれないというだけで、気持ちよくないのにかしこまった挨拶だけさせられるのはとても気持ちよくない。
もしかして、「気持ちよく送り出す」の主語は総務だった…、ってコト!?
ちなみにまだ社内ではうちのチーム内でしか退職の話が知らされていない。AIに聞いてみたら「そんなの各チームのマネージャがやるべきで、退職者が周知する必要なんてないです」と教えてくれた。まあそうだよね!
とりあえず退職の挨拶は謹んで断ってみたけど一体どうなるんだろう。