数千枚の波の果て

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2026年8月

  • きんぎょの夢/向田邦子

    何年か前に実家に帰った際、リビングのテーブルに置かれていたので母親に読み終わったかどうか確認してから貰ったままだった。リブロの書店カバーがかかっていてどことなく懐かしい。池袋のリブロが無くなって久しい。

    何篇か収録されていた。

    • きんぎょの夢
    • 母の贈物
    • 毛糸の指輪

    表題となる『きんぎょの夢』は、おでん屋を営む女性が妻子ある人に口説かれる話。『母の贈物』は、若い男女がいよいよ結婚式をあげるとなって、女の方の母が亡くなっていると聞いていたけど、実は生きていて、みたいな話。『毛糸の指輪』は旦那が窓際族をやっている夫婦と若い女の子が知り合う。夫婦には子どもがおらず、その女の子を自分の子のように思いながら色々悩みを聞いていったりしていく話。

    こうやって一言でまとめていくと身も蓋もない気もするが、大抵の物語は一言でまとめられるようになっている。

    向田邦子作品を初めて読んだけれども、台詞回しが抜群に上手い。その場の空気感が変わる一言を差し込んでくる。ドラマを引っ張る力がとても強い。あと会話が生々しいじゃないけど台詞として読みやすそう。とても自然な感じがよくわかる。話し言葉になっている。

    『きんぎょの夢』で、主人公は三姉妹の姉で、真ん中の子が旦那の不平不満を漏らすシーン。不倫に片足突っ込みかけている主人公が「男が不倫をするのは悪妻がいるから」などを滔々と語っていると、一番下の妹がポロっと一言で釘を差すところなんかは読んでて思わずうわっと声が出てしまった。すごい。

    といいつつ、この本読んでて状況がパッと掴めずに読み返してしまうところが何箇所かあって地の文がよろしくない。なんなんだろうなと思って表紙をよく見たら「向田邦子 ”原作”」とあった。どうやらドラマ用の脚本を中野玲子さんという方が小説として書き直したらしい。なるほど、台詞回しの巧みさと地の文のわかりづらさ。その文章力の乖離に合点がいった。

    この作品から向田邦子に入るべきではなかった気がするのだけれども、彼女が一から書いた小説をまた読んでみようと思う。

  • 花のれん/山崎豊子

    今年に入って『不毛地帯』を読んでめちゃ面白かったので『花のれん』を読んでみた。明治の大阪、呉服屋を営む夫婦がいる。道楽と芸事が好きな旦那と、御寮人さんが最初は呉服屋を営んているが、そのうちに寄席を始め、御寮人さんがどんどん寄席を広げていくというお話。

    元になっているのは吉本興業の創業者の吉本せつ。吉本興業の創業の歴史・史実通りに描かれたというより、御寮人さんという主人公を軸にした働く女性の生き方を描いた作品であったように思う。

    大阪の地理に明るくないからそれぞれの町の位置関係がどうなっているのかが気になってしょうがなかった。実際の地名が使われている作品だと、東京以外はなかなか厳しい。

    不毛地帯を読んだからか、花のれんは急ぎ足に感じてしまった。一人の女性の半生を描いているのにちょっとしたエピソードのあとですぐに何年か経っていくから、歳を取るのがあまりに早いかなと。作品自体の長さと作品内の時間はある程度一致していないと違和感が出るということなのか。ダイジェスト版読んでいるようで肩透かしな感じだった。

  • ゴッホ展@上野の森美術館

    下北沢~池ノ上あたりにあった「ゴッホ」というカレー屋に15年くらい前に行ったことがある。こじんまりとしていて古めかしい内装だったが、美味しいカレーとコーヒーをいただいた。今は閉店しているらしく、無くなった店ってやたら恋しい。気に入った店があったら、あるうちに行こう。

    ~いつまでも あると思うな ナイアガラ~

    そのゴッホ繋がりではないのだけれども、上野の森美術館で開催中のゴッホ展に行ってきた。旅行から帰ってきた翌日に行くもんじゃない。疲れるって。考えろって。といいつつもうすぐ終わってしまうし、他に行ける日がないから仕方なかった。

    今回のゴッホ展は絵の進化がわかってきて面白かった。南仏アルルに行ってから彼は自分のスタイルを見つけたのだと思っていたけど、オランダのハーグ派、フランスのバルビゾン派、印象派などなどいろいろ影響を受けていたことがわかった。個人的に一番好きだったのは「野牡丹と薔薇のある静物」という作品だった。厚塗りのゴツゴツとした存在感が迫力満点でよかった。僕はゴッホのそういうところが好きなのだけれども、アドルフ・モンティセリという人の影響でこの画風にたどり着いたらしい。

    アドルフ・モンティセリの絵を観に行きたい。うーん。

  • ほっとけーきの選択肢

    路地裏のほっとけーき屋さんへ。色々種類があったのだけれども、その中で抹茶ほっとけーきに。

    抹茶のあんこ、抹茶アイスとクリーム、自家製シロップ、乗っかっているバター。どれを付けても美味しすぎる。味の選択肢が多いからどうやって食べようか悩んでしまう。一つひとつ試しているうちに最適解に近づきながら、でも結局3枚ではたどり着けない答え。

    6枚欲しいのはお腹が空くからじゃない。答えを、最適解を見つけるには量が足りない。選択肢が多すぎる。そういうことって他のことでもあるんじゃないだろうか。

  • 燈篭というかぼんぼり

    先日は近所で燈篭流しという催しが執り行われた。各々によって絵や願い事が描かれた燈篭は日没後、火を灯されてから開催場所の池へ順々に放たれていった。岸から遠ざかって薄橙色の粒になった燈篭たちは揺れながら、どことも知れぬただ限られた行き先に自分たちの身を委ねていた。

    今日は同じ燈篭というかぼんぼりという呼び名で一つひとつそれぞれに色々と描かれていたが、この灯りたちが道筋を照らしている中を歩くのは、自分自身が長い長い歴史の中にいることを実感できた。

    能面などの古典的な和を感じさせるものや神社仏閣を怖がっている人と昔出会ったことがあるのだけれども、その気持ちが少しわかった気がする。

  • 由比ヶ浜からこんにちは

    毎年違う砂浜に行くと、それぞれのよさがわかる。今年はとてもキレイだった。夏の太陽から青い空を経て、遠く近く無数の波が浮かんで見える。足元の透明感にうっとりしつつボンヤリしていた。

  • おめでとう、自分。

    眠れない夜を歌った歌は世の中あふれてるんだけど、「いやあ、ぐっすり眠れちゃいました」とか「珍しく朝まで目を覚まさなかったです」みたいな歌があったらぜひ聴いてみたい。ドラマ性には欠ける歌詞になるけど、歌にできないとは思わない。

    あとは「寝ていたけどつい寝過ごしてしまった」「休みの日(もしくは仕事の日)と勘違いしていた」「起きたら昼過ぎで切ない」くらいはあるかもしれない。眠りあるあるというか、歌の中の睡眠あるある。他にはどういうのがあるのか。少し気にしておきたい。

    そんでもって今日はぐっすり眠れそうなのですよ。それは昨今の事情(転職)に一区切りつきそうで、悩まなくてよくなったから。おめでとう、自分。

  • 時間差

    基本的にこのサイトの記事は一旦書いてから、多少時間差を設けてから公開している。書き終えても少し冷静になって見直したいというか、公開前はささっと走り書き状態になっていることも多い。それをまたささっと整える。じっくり書きたいところなんだけども、他にもやることがあったりする。そんなことだから何日かまとめて更新することにもなってしまうのだけれどもどうかご寛恕いただきたい。

    大体仕事中に手慰みに書いているからよくない。ちゃんと仕事をした方がいい。でも今はモチベーションが湧かないから仕方がない。あきらめます。

    昨日の発熱は今朝は落ち着いていたのだけれども、午後になってからどうも人と会話をするときにスルッと言葉が出なくなってきた。首元とおでこを手の甲で確かめると、涼しい日にも関わらずだいぶ温かい。恐らくまた熱が出てきている。まいった。

    こういう日に限って帰りに図書館に寄る用事があり、今日は自転車通勤をしているのだ。用事をササッと済ませて帰ることにしよう。と書いているうちに終業時間になりました。おつかれさまでした。

  • 知恵熱

    普段はあまり集中しすぎたりしないようにしている。これには単純な理由があって、集中しすぎると頭にこびりついて休まらない+眠れなくなるのと、純粋に体調を崩すのである。今回の場合は急に熱が出た。当初は風邪かと思ったが、風邪症状が他にないため、これは件の集中しすぎだと直感した。いわば知恵熱である。人と話さなきゃいけない用事(面接)に心構えしすぎた結果だと思う、恐らく。

    自分の場合、熱が出ると上手く言葉が出てこなくなる。そういった症状から熱があるんじゃなかろうかと疑い、体温計を取り出すという順番。午前中の面接では上手く言葉が出なくてまいったけど、午後はアリナミンVを飲んでなんとかテンション上げてなんとか乗り切った。どうだろう。本調子じゃなかったからもうダメかもしれない、などなど。

    クールダウンさせようと、帰りに居酒屋に寄り、隣の人と転職について話したりした。でもなんだか落ち着かず。明日に備えてと早めに布団に入ったが全く眠れない。頭がカッカとして興奮状態だから仕方がない。

    なのでこうやって文章を書いている。とにかく目をつぶること、力を抜くこと。ふー、ダメだこりゃ。

  • 勧められ屋でありたい

    気付けば8月に入っていた。昨日は気付いてなかったというか全く意識していなかった。

    夏のちょうど真ん中を過ぎてしまったような感覚に襲われた。近所の区民プールの脇を通って坂を自転車で下っていき、カーブを滑るように曲がってから随分まっすぐ進んだ先のホームセンターへ向かった。ジリジリとしたアスファルトから湧き上がってくる熱気が、ペダルを漕ぎ下ろすたび、サンダルのつま先から覗かせる人差し指と中指に伝わる。

    昨晩行った居酒屋が夏場は冷房が効きにくいということで、ハンディファンを使わせてもらった。今更ながらハンディファンデビューしたところ思いのほか涼しく、電池も長持ちするようだったので全く同じ機種が欲しくなった。ネットで探したけど売り切れだったので、早速ホームセンターに買いに走ったのだった。

    勧められたらすぐに買う、行く、試す。これだけは心がけている。そうするとどんどん勧められる。新しい情報が手に入る。というと打算的に聞こえるかもしれないが、そもそも新しいものごとを試すのは単純に面白い。その結果の副産物として、良いこともやってくる。逆に勧められても全く何も試さない人は勧められなくなるし、情報が入って来づらくなるはずだ。やりがいのある方へ向かっていくのが人間というもの。どちらか選ぶのであれば、勧められ屋でありたいと思う。

    ちなみに僕はあまり人には勧めない。ただし意見を求められたりしたら、知っている限りのことを伝える。伝わっているかどうかについてはその後の行動に反映されるかどうかでわかる。そして多くの場合は伝わらないのだ。

    散々汗をかいてから、真っ昼間から近所のうどん屋で瓶ビールを飲み下したときには幸せでいっぱいだった。夕方から祭りに行ったけれど、これには叶わなかった。初穂料で願い事をかけられるという催しをやっていたので、転職活動が上手くいくように願掛けをしておいた。上手くいけ~。